WEB・CD-ROM・DTPのサムクイックがお届けするコラムページ「私的事情」です。 どうぞごゆるりとお楽しみください。

 
 
 
外村 大 左の写真は、韓国ソウル、清渓川の上の橋に建てられた全泰壱(チョン・テイル)の像。勤労基準法遵守を叫び焼身自殺を遂げた人です。像の周りの歩道には、個人や労働組合によるメッセージ入りのプレートが埋め込まれており、興味深く読みました。足元が重要、ちょっと立ち止まって見てみましょう。ずっと、そればかりも困るのだけど…。
 
懐メロ朝鮮紀行05:エキゾチズム+純愛路線…

2006.11.2



 「春香伝」が日本で紹介される際、どういうわけだか、“日本の忠臣蔵のような話”と言われるケースが多い。似た点がないわけではない。大概の日本人は忠臣蔵を知っているように、朝鮮人だったらほとんど誰でも春香伝を知っている。趣向を変えて何度も演劇や映画になっているのも両方に共通している。
 だが、忠臣蔵と春香伝のストーリーに類似する点はない。そもそも春香伝は、春香と夢龍の二人の若い男女の恋愛を軸にした話だ。しかも、忠臣蔵は主君に忠義を尽くすという封建時代の倫理に沿った話だが、春香伝は、身分制度を超えた恋愛であり、悪い役人にいじめられ、獄に入れられながらも、節を曲げないという、反封建・反権力の要素も入っている。そんなあたりが、虐げられてきた朝鮮の庶民に春香伝が愛されてきた理由の一つになっていると見て差し支えないだろう。
 という余計なことを考えながら、上原敏+田中絹代の「春香伝」を聴いてみよう。歌うのは上原敏で、田中絹代は台詞のみ、当然、上原が夢龍、田中は春香である。昔(私がいう昔なので、1970年代以前を想定されたい)の大河ドラマのテーマソング風の前奏の後に出てくる上原夢龍の歌詞は「桃咲く園の夕まぐれ/仮寝に結ぶ夢浅く/けむる高楼飛燕に/誓いし恋も陽炎か/ああ儚しや広寒楼」というもの。これに続いて、田中春香が、別れの形見にいただいた鏡を抱きしめ夢龍との日々を思い出し、夢龍の迎えが来ないことをなげく台詞を入れる。この後、間奏が入り、同じパターンが続いて終わりである(SP盤は晩年のコルトレーンの1曲の10分の1くらいの長さしか収録できない)。そんなわけで、レコードの「春香伝」では夢龍は南原にも着かず、したがって春香はまだ助けられていない。
 それと同時に、反封建反権力も出てこなければ、女性は待つばかりというジェンダー的にも問題のある内容となっている。こんなことは学部の学生のレポートでも分析していそうな話で指摘するのが恥ずかしいのだが。
 付け加えれば、メロディも楽器も朝鮮を感じさせるものは、私には読み取れない。歌詞の内容も、驢馬が出てくるあたり、日本でないことがわかるが、朝鮮の風景を詠みこんでいるわけではない。そもそも、「むりゅうさま…」「しゅんこうは…」と、人名を日本語読みで発音するの個人的には違和感がある。しかし、当時の日本人は逆にチュニャン、モンリョンでは違和感があったのだろう。
 要するに、日本人に受け入れられる程度のエキゾチズム+純愛でヒットを狙ったのがこのレコードだと言えよう。発売されたのは1939年12月頃のようだ。【参照】

 この時期には日中戦争泥沼化で、軍事動員ないし労務動員で恋人と引き裂かれた日本人、朝鮮人の若者がそろそろ目立ち始めた頃のはずである。純愛モノを単純に楽しめる人がうらやましい。そんなこと考えるのは歴史研究者の悪い癖か。


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04.07.20 第1回:確かにブームではある
04.07.24 第2回:朝鮮語教師のVサイン
04.08.12 第3回:個人的記憶でさかのぼる過去の「韓国ブーム」
04.08.20 第4回:最古の「韓国ブーム」はいつか
04.08.28 第5回:では、「朝鮮ブーム」はどうだろう
04.09.17 第6回:K−POPは知らないけれど……
04.10.02 第7回:前回の補足、中間のまとめと今後の見通し
05.02.04 第8回:キムチの気持ち:その1 過剰な意味づけはやめてくれ!
05.02.25 第9回:キムチの気持ち:その2 諸悪の根源のように言われても……
05.03.18 第10回:キムチの気持ち:その3 帝国末期の脚光?
05.04.04 第11回:キムチの気持ち:その4 学校の中の差別
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05.05.02 第15回:力道山伝説の? その(1):昨今の情勢を鑑みるに…
05.08.02 第16回:力道山伝説の? その(2):長崎は今日も出身地だった……
05.08.09 第17回:力道山伝説の? その(3):そんなわけで人名辞典の類を調べた(日本編)
05.08.31 第18回:力道山伝説の? その(4):そんなわけで人名辞典の類を調べた(北朝鮮編)
05.09.22 第19回:力道山伝説の? その(5):そんなわけで人名辞典の類を調べた(韓国編)
06.01.30 第20回:力道山伝説の? その(6):初土俵の頃の力道山を伝える新聞記事から
06.02.07 第21回:力道山伝説の? その(7):入幕前の力道山
06.02.15 第22回:力道山伝説の? その(8):文献資料から名前と出身地の変遷の整理を試みた
06.02.21 第23回:力道山伝説の? その(9):同時代の朝鮮人力士たちのケースとの比較
06.02.28 第24回:力道山伝説の? その(10):なぜ、朝鮮人であることが隠されたか
06.03.13 第25回:力道山伝説の? その(11):1963年訪韓後のインタビュー記事
06.03.30 第26回:力道山伝説の? その(12):まとめはないけど、今後の課題
06.07.10 第27回:懐メロ朝鮮紀行01:共に長生きする社会をめざして
06.07.21 第28回:懐メロ朝鮮紀行02:東京大学の金永吉
06.08.17 第29回:懐メロ朝鮮紀行03:サマータイムは使われなかったが…
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