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ロンドン小林 1973.8.24 B
某国立T大院卒, 博士号,一応あり.米国留学を経て,現在「宇宙のその先」について夢想中.最近は「ニュースジャパン」の滝川クリスタルがお気に入り。ニュースなのに,なぜか妖艶なあの雰囲気.おにゃんこ世代の心,ときめく.
 
僕とゾウ [No. 2]
2004.07.11


 僕の青春時代。何事にも悶々としている頃、ただひたすら家にこもっていた。やることと言えば、深夜まで本を読むことくらいだった。そのとき、村上春樹の「象の消滅(The Elephant Vanishes)」を英語版で読む。内容は、片田舎の動物園で、老齢のアフリカゾウと飼育係の老人が、ある日突然、姿を消すというはなしだ。このゾウの「消失」は奇妙で、警察が懸命に捜しても、地元の消防団員が山狩りをしても、一向に見つからない。6000kgもあるゾウだ。姿を隠そうにも隠れる場所すらないはずだ。事件が迷宮入りするなか、主人公(名前は忘れた)は、実際に消失の現場を見ていた。ゾウと飼育係はだんだん小さくなったのだ。そして消滅する。

 春樹氏のいつもながらのファンタジーに、「消失」の理由(わけ)を問うても埒があかないが、現実の動物園のゾウの「消失」はファンタジーどころではない。動物園でゾウが死ぬと、まず解体作業が始まる。なぜなら、その大きな身体を檻の外に出せないからだ(注1)。四肢をまず切断する。檻の大きさによっては頭も切り落とす。血が大量に流出する中、腸を念入りに引き出す。内臓一式は、死因特定のために関連機関に配送される。要請があれば、大学研究機関に、血液や脳ニューロンが研究素材として配られる。次にやること、それは大きな穴を掘ることだ。あの大きな身体なので、穴堀は1日がかりだ。ゾウの死体は、地表に埋められ、何か月もかけて腐敗させる。その後、それを取り出し、骨格標本を作成する。その標本は、博物館や動物園の展示にまわされる(注2)。これが、実際の動物園のゾウの「消失」の一部始終である。

 こうした事情を踏まえると、春樹のゾウが消失したくなる理由も、ある程度理解できる。動物園で死ねば、身体はバラバラだ。天国に行っても、足がなければ、自由に動き回れもしない。ハッピーな天国生活は夢の彼方だ。だから、消失。ゾウの気持ちもわからないわけではない。そんな僕も、あの頃、自分の「消失」についてよく考えていた。だが、まだ「消失」はしていないし、そんなことをゾウと再会するまでは、まったく忘れていた(続)。

(注1)
立っているときの都合で、ドアの幅は設計されていることが多い。死亡してゾウが横たわってしまうと、ドアの幅を超えてしまい、そのままでは引き出せないことが多い。

(注2)
動物園としては、ゾウの死を無駄にしないようにと、さまざまな利用価値を考えている。

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  04.7.8  僕とゾウ [No. 1]



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